守護聖人:パドヴァの聖アントニオ
パドヴァの聖アントニオ(San Antonio de Padua)は、1195年頃にポルトガルのリスボンで生まれた13世紀のフランシスコ会修道士です。フランシスコ会に入り、最も才能ある説教師・神学者の一人となり、1231年にパドヴァで亡くなりました。死後1年以内に列聖された、非常に速い手続きは、彼が集めた民衆の信仰の深さを物語っています。祝日はローマ・カトリックの典礼暦で6月13日です。
パドヴァの聖アントニオは、貧しい人々の助け手、失くし物の発見者、信徒の守護者としてラテンアメリカ全域で広く崇敬されています。サン・アントニオ・パロポの町は彼の名を冠し、守護聖人としています。文化情報システム(SIC)は、毎年の主祭がパドヴァの聖アントニオをたたえるもので、中心日が6月13日であることを確認しています。この日付は guatemala.com/aprende でも確認できます。
町
サン・アントニオ・パロポは、サンタ・カタリナ・パロポの南、サン・ルーカス・トリマンの北にあるアティトラン湖東岸の急斜面に建つカクチケル・マヤの共同体です。湖上でも特に文化的なまとまりを保つ共同体の一つです。女性たちは湖周辺でもひときわ特徴的な濃い青と紫のウィピルを着用します。また、マヤの装飾語彙と現代の工芸技法の両方を取り入れた手描きの陶器を作る、知られた陶芸の伝統もあります。
町の中心、火山と眼下の湖を広く見渡せる広場に面するサン・アントニオ植民地教会が、主祭の礼拝の場です。
祝祭の様子
主祭は6月13日を中心に、おおむね5日間続きます。通常は祝日の2日前に始まり、2日後まで行事が続きます。
先住民の女王の戴冠。 サン・アントニオ・パロポの祝祭の特徴は、先住民のフェリア女王であるル・コツィイ・ティナミット(Ru Kotz'ij Tinamit)の戴冠です。カクチケルの共同体意識と織物の伝統に根ざしたこの式典は、週の中でも特に目を引く行事です。女王は通常、共同体のメンバーから選ばれ、カクチケルの遺産とカトリックの祝祭の両方を映す式典でたたえられます。
アルボラーダ。 6月13日の祝祭は夜明け前に始まるアルボラーダで幕を開けます。午前3時頃から爆竹と音楽が始まり、その音が急な斜面を越えて湖の船着き場まで響きます。
荘厳ミサ。 6月13日の中心ミサは教区教会で行われます。フランシスコ会の伝統に従い、幼子キリストとユリを抱く若い修道士として表されたパドヴァの聖アントニオ像が祭壇で崇敬されます。
行列。 ミサの後、聖アントニオ像と、年によっては聖ニコラスとの合同行列が町の主要な通りを進みます。道は石畳の小道と急な階段を曲がりながら、教会の広場と段々状の町の各所を結びます。コフラディア会員、教区の団体、家族がアンダの後に続きます。
フェリア。 共同体の市場、伝統料理、マリンバ、工芸品の屋台がフェリアを彩ります。町を特徴づける青と紫の織物や陶器も市場に並び、夜には花火が上がります。
6月の時期と農業の文脈
6月はアティトラン湖で雨季が始まる月です。雨季初めの涼しい午後と雲にやわらげられた光が、乾季のフェリアとは異なる雰囲気をサン・アントニオ・パロポに与えます。町の上に広がる玉ねぎ畑の段々畑はこの時期に最も生産が盛んで、共同体の農業サイクルが6月の祝祭の背景に織り込まれています。
貧しい人々の助け手、働く人々の伴侶というパドヴァの聖アントニオの姿は、農業、織物、陶芸が日々の暮らしの基盤である共同体に響きます。6月の祝祭は、典礼上の祝日であると同時に、農業と共同体の一年における節目でもあります。
訪問者向け
サン・アントニオ・パロポへは、パナハチェルから陸路(サンタ・カタリナ・パロポを通ってトゥクトゥクで約20~25分)、またはパナハチェルなど湖畔の町から貸切ランチャで行けます。町にATMはないため、パナハチェルでケツァルを用意してください。教会の広場は急斜面にあり、石の道を通って向かいます。滑りにくく歩きやすい靴を強くおすすめします。
フェリアと行列は共同体の祝祭です。ミサや行列には肌の露出を控えた服装で参加してください。町の陶芸工房は祝祭の週も開いていることが多く、宗教行事とあわせて訪れる価値があります。
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